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薄暗い明かりの中、オレンジ色のカクテルは目立たない。
風景に押し負けたようなその液体を恐る恐る口に運んで、私はため息をついた。
「これじゃない」
マスターは苦笑いを浮かべる。そうこれも、いつもの金曜日。
「それは残念だね」
私は手帳にびっしりと書いたカクテルの名前の1つバツ印をつける。はあ、もう何個目だろう。
今回も最初から違うとは思っていたんだ。だってあれはショートカクテルだったし。
もう一度手帳に視線を落として、たった今バツを付けた場所を撫でた。
「だってショートカクテルはもう全部試したんだもん」
私の小さな独り言にまたマスターは苦笑いを浮かべる。
お目当てのものとは違うカクテルを飲み干すと氷がカランと大きく鳴って、小さな音でかかるジャズの軽快なリズムを一瞬だけ壊した。
「マスター、じゃあまた来週」
その言葉に1番奥に1人で座っていたおじさんが顔を上げた。
「お嬢さんさっき来たばっかりだろう?」
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