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「知らない。もう、そんなのいらない」
今までは我慢していたのか、通話が終わった途端、アカリは嗚咽を上げて泣き始めた。
「なら、僕がもらっても問題ないよね。ね、お巡りさん?」
ビックリした。凄いイケメンが、ここにいた。
「ああ、問題はないな。むしろここに置いて行かれると私が困る」
「え?えと、ハヤシくん、それはどういう……」
疑問の声を上げて嗚咽を止めるアカリに、ハヤシは微笑み、マフラーを自分の首に巻いた。
「アイ、ラブ、アカリ。僕は良いデザインだと思うよ。それに、赤って凄く暖かい」
ズキューン。
私には確かに見えた。アカリの背後に浮かぶ、はじまりの効果音が。
「実は、ずっと可愛いなって思ってたんだ。セノさんのこと。良かったら、僕と――」
ああ、蘇る青春時代の私の青い心。その心が告げる。私には、この青い春を正しく導く義務があると。
「ちょっと待ちな、少年。ここがどこだかもう一度よく思い出してみろ」
あえて少年の走り出した想いを塞ぎ止め、私は言った。交番で告白なんて、ラブコメが過ぎる。せめて二人のはじまりの瞬間くらい、もっと純文学チックな場所でいいじゃないか。
「用が済んだんなら、ガキは公園にでも行って遊んでこい。この時間、あそこは人もほとんど通らない」
私の言葉で冷静になったらしく、少年は少し照れ臭そうに笑うと、アカリに手を差し伸べた。
アカリは、蕩けた表情でそれを握る。
「それじゃあ、ありがとうございました」
ハヤシは空いた方の手で私に敬礼をし、私もそれに応えると、二人は交番を出て公園のある方へと仲睦まじく歩いていった。
「ああ、俺もあん時想いを伝えられてたらなぁ」
青春時代のほろ苦い思い出と、冷めきった焼き鳥を噛み締め、私は新たな恋人達の誕生を心の底で密かに祝っていた。
この町は、今日も平和だ。
fin.
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