読むな

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 夏も終わりに近い八月のうだるように暑い日のことだ。仕事が休みだったので、私は朝から横になって、テレビを見ていた。やがて昼過ぎになり、起き上がるとキッチンに向かった。一人暮らしの気楽さで、腹が減ればコンビニ弁当ですませている。弁当を持って戻ると窓の外の景色が一変している。空は黒い雲に覆われ、網戸の向こうから冷たい風が吹いてくる。ゲリラ豪雨が来そうだ。後ろで何かが落ちる音がしたので振り向くと、本が床に落ちていた。いや、本ではない。手に取ってみるとそれは大学時代の卒業アルバムだった。  弁当を食いながら広げてみる。私は当時、ワンダーフォーゲル部に所属していた。山で撮った集合写真には懐かしい友人たちの顔。だが、なんだろう。写真を見てるうちに妙な違和感を感じ始めたのだ。それが何なのか、その時には判らなかった。  窓の外が時おり光り、雷鳴が轟き始めた頃、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると無表情な配達員が立っていた。初めて見る顔だ。 「宅急便です。ハンコかサインを」  差し出されたダンボール箱。差出人の名前は大学時代の友人、斉藤だ。卒業してからは年賀状で連絡を取るくらいなのだが、いったい何を送ってきたのだろうか。  配達員が帰ると、箱をテーブルの上に置いた。軽かったし、まさか爆弾などではないだろう。斜めに乱暴に貼られたガムテープを剥がし、箱を開けると一瞬、古い藁束のような妙な匂いがした。中に詰められた丸めた新聞紙を取り除くと、出てきたのは厳重に紐を掛けられた本と、一冊の酷く汚れた大学ノート。  ノートを開くと一ページ目にはこう書かれていた。鉛筆で書きなぐられた字は酷く読みにくかった。 『河辺君、君がこのノートを読んでいるのなら、もう僕はこの世界にはいないでしょう。ここに書き残したことは全て、この本を手にすることになった出来事とその後の記録です。このノートを読んだら本のほうは絶対に読まず、何処か遠くへ捨てて来て下さい。焼いて埋めてしまったほうがいいかもしれません』  これはなんだ。小説なのか? それとも笑えない冗談か。私は斉藤とは同じ部だったけれど、それほど仲が良かったわけではないのに。  まあ、とにかく先を読んでみよう。考えるのはそれからだ。  河辺君。僕が君にこの本とノートを送ったことをきっと奇妙に思われていることでしょう。そのことについては後で説明します。
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