ラムネ

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ラムネ

うだるような気温に、歩きながらゆっくり目を閉じる。 ふつ、と、前をあるく親友の背中が消えた。 夏。 ぬるい汗で少しだけ張りつく前髪を気にしながら、もっていた空き瓶を顔に近づけた。 あまい、あまあいにおいがする。 瓶のなかみは、夏の気温と湿気が化合して、星のあかりをまぶしたものだった。 その味ははきらきらとしていて、ひとくち飲むごとに私ののどをぱちぱちとやいた。 目をあける。 閉じたときとあまり変わらない暗さに、提灯のあかりがきらきらとゆれている。 またこの季節がきた。 生まれてから22回目の夏。 「もういい加減慣れないものか。」 頭のなかから聞こえる声は鼻から息となりかるくでていった。 「慣れないよ、まだ。」 わたしの声はちいさく、今にもとぎれそうにあたりをただよう。 「夏に?」 親友がわたしにたずねた。 ああ、このひとは。 きっとこのひとは、わたしのことが見えているのだ。 わたしが終えられなかったビーズの刺繍も、瓶にのこった数滴も、 今朝食べたベーコンエッグも、みんな、見えているのだ。 わたしが発した声は、いつもちいさくあたりをただようのに、 君はそれをみつけては、なにごともないようにつかんでよこす。 そう、このひとにとって、わたしはなにごともないひとりのひとなのだ。 それがなんて、ここちのいいことか。 わたしは答えない。 おかえしに、空の瓶を捨ててきてやろうか。 ふ、と、したを見た。 同じタイミングで、したを見た。 平たい石が足の裏にしきつめられている。 提灯がてらすさきは、きっと次の夏につながるんだろう。 変わらず君は、となりにいるんだろう。 「とうもろこしをたべよう」 親友はなにごともないようにさきを歩く。 わたしはそれについていく。 なにごともない、なにごともないのだ。 くりかえせ、夏。 ラムネのつめたさ消えるまで。
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