会社(の)事情(第一話)「そら、エライコッチャ!」 の話

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 女の話題は無限と思えるほど様々で、健康相談から実用知識も混じっている。ある時:「あなた、夜中に息をしていないわ」と言われて、初めて自分の無呼吸症候群に気付かされ、病院に行って、肺に空気を押し込むドイツ製の機械を借りて来た。病院から戻っても、おしゃべりの第二弾が待っている: 「夜中はその機械があるから良いとしてもよ、昼間は会社でイネムリは禁止よ。機械が無いんだから、生きたまま死ぬことになるわ」と残酷な脅し方をした。  女のおしゃべりのお陰で命拾いしたり、会社で居眠りをしなくなった。良い社会勉強となって学力が付くから、私は定年後に塾とか予備校に通う必要が無い。  「ながら族」を止めて女の話を「聞き切る」という、こんな高度なテクをやれる夫は、特に定年退職者の中では、絶滅品種なくらい希少だと私は見ている。大部分の夫が妻より早く絶滅してしまうのが、何よりの証拠であり嘆かわしい。    この実験を暫く続けて判った事がある。 ただ聴いていて、時々「エライコッチャ!」の合いの手を入れるだけなのに、配偶者の機嫌が以前より格段に良くなって、家庭内に「平和が訪れ易い」のに気付いたのである。余程の事が無ければ、もう女が暴力をふるうことはなくなった。暴れるのは口答えしたような場合だけである。  平和問題というと、男には中近東とかその辺りという狭い範囲しか念頭に無い。が、本当はもっと応用範囲が広くて、家庭内でも適用出来るのである。身の回りが冬であっても春先みたいにポカポカとなるし、食料の配給事情も好転した気がする。日曜日の朝など、入れてくれるコーヒーに、砂糖が従来の一つだったのが二つ付くようになったし、蜜柑の皮も剥いてくれようになった。驚くなかれ、アーンをすれば口に入れてくれる事さえある。  私を取り巻く世界が一変し、倦怠期以来の画期的な出来事なので、これを私は「新大陸発見メイフラワー号」と呼んでいる。
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