会社(の)事情(第一話)「そら、エライコッチャ!」 の話

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3.耳から蒸気  こんな様子を眺めて、女の方が一枚上のように思う。大概の男が、女のおしゃべりをややもすれば揶揄するが、間違っているのは男の側かも知れない。私は、西行にも山頭火にもなりたくはないからだ。  世の一般の男の例に漏れず、私もずっと「ながら族」専門であった。が、ある時やはりまた想う処があった。実は夫婦関係がキイキイときしみ出して来たからでもある。事態改善の対策として、配偶者のおしゃべりに「とことん」付き合って見ようと思い立った。実験的な試みだったが、男として大きな決断になる。  私達二人は同じ会社で仕事をしているが、これが為に昼休みに一緒にランチに出掛ける時が多い。私は片手に必ずその日の新聞を持って出掛けた。「食べながら」読む為であり、女のおしゃべりを「聴きながら」読む為であった。結婚以来続いて来た、この伝統の習慣を改めることにした。「ながら」を止めて、おしゃべりを「聴く」のに専念する為だ。新聞を持たず、手ぶらで出掛けるように習慣の根本を変えた。  やり方は徹底して、自宅でも一緒に居る時は必ずコレを実行。女がしゃべりかけると、読んでいた新聞をわきへ置いて、「何だい?」とにこやかに笑顔を向けて、先ず「怒っていない」のを証明して見せてから、「聴く」に専念する。こうして家の内外で「ながら」を中止して、「おしゃべり」と正面から対峙した。   洪水のように、時に垂れ流すように押し寄せる相手の「おしゃべり」を残らず聴くのに、当初はいらいらして耐えがたかった、確かに。男の脳は、防波堤用に作られていないから、おしゃべりの津波に弱い。話の結論が一体どこへ行くのか、何時も迷いながら聞いた。女の話が堂々巡りする部分も多々あるが、これは岸辺に繰り返し打ち寄せるさざ波だと思う事にした。努力する内に次第に慣れたから、修養が大切だとつくづく思う。
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