会社(の)事情(第一話)「そら、エライコッチャ!」 の話

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 「おしゃべり」を聴くのに慣れたついでに、それまで 「新聞片手に」やっていたウンとかスンの生返事の代わりに、もっと積極的に相槌を打つことにした。ヘエッ!とか、ハアッ!とか言う。もっと若々しく女子高生風に「ウッソオ!」も混ぜて、いかにも甲斐甲斐しく開始した。 時々変化を付けて、「そら、エライコッチャ!」の掛け声も工夫した。歌舞伎で言えば、「成田屋ッ!」みたいな気合いと思えばよろし。  積極的に掛け声は掛けるが、絶対に反論したり批判をしない。これがコツで、「おしゃべり」の腰を折らない為だ。このルールを、意識して私は固く守った。 むしろ女の方へ賛美の目を向けて、一言半句も聞き漏らすまい、という姿勢を強調して拝聴する。この時ぐっと背筋を伸ばせば、相手に「聞く」意気込みを示せるからベスト。  従来とは打って変わった熱意ある聴衆の態度にーーー、と言っても聴衆はたった私一人なのだが、女は感動する。これに勇気づけられて、ペロリと舌で唇にひと湿りをくれるや、女は呂律(ろれつ)の運転も滑らかに、蒸気機関車みたいに「おしゃべり」がばく進する。シュッシュッと鼻と耳から勢いよく蒸気が出る感じになるから壮観で、「神は偉大なり」という感じになる。  仮に、女の話の内容が難解過ぎて理解出来なくとも、「分かるよ、分かる!分かる!」と三度相槌を繰り返すのが、夫たる者の基本。間違っても、専門外のことに、利いた風な口を挟んではいけない。  表情を含めて小さな点も見逃さないように女の話へ耳を傾けるのは、本気でやってみると愉しみなもの。耳が二つあるのは、老眼鏡を掛ける為ではないと実感として分かる。
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