第一夜

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また今日も同じ夢を見た。この夢はいつ見たものと同じだろうか… 誰かが私を呼んでいる。どうやら年配の女性の声らしく聞こえる。なぜ私を呼んでいるのだろうか。兎に角(とにかく)声のする方に往(い)ってみた。 そこには川を挟んで一人の女性が立っていた。いつも良くしてくれていた曾祖母だ。年始の挨拶に行けば、庭で育てている木からもいだ蜜柑を段ボールいっぱいに詰めて渡してくれる。中学時代は、よく自転車で曾祖母の家まで行ったものだ。行く度に何か土産を持たせてくれ「会いに来てくれて有難う」と云いながら小遣いをくれた。 この小遣い目当てで通っていた私は、必然他の兄弟・親戚連中よりも多く顔を合わせ、話をする機会が増えていた。話をする度に「あと何年保(も)つか分からないねぇ」と漏らしていたものだ。 その曾祖母が読んでいる。早く彼方(あちら)に渡らねばならない。然(しか)し、彼方に渡るにも泳いで渡れそうにはない。橋も近くにはなさそうだ。曾祖母は焦(じ)れた様子で、もう水に浸かるのではないかという処(ところ)まで出て来て手招きをしているようだ。 世話になった分、恩返しとは言わないまでも、曾祖母の云うことは聞いてやらなければならない。その焦りが一層私の心に拡がって行く。 「今行くから待っていて下さい」と声を掛けながら、橋か舟は無いかと探す。探す間も曾祖母は手招きをしているように見える。近くに橋も舟も無いことを悟った私は、勢い込んで、川岸の水の掛かる辺りまで歩を進める。
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