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序章
「ふっ、地獄に落ちろ」
いつもの様に一仕事終え、魅音(かいと)は不敵な笑みを浮かべた。ジャケットの内ポケットには今しがた盗み出した証拠品が入っている。ヴィンテージ物のナイフ。コレクターが見れば喉から手が出る程の品だそうだ。
二日前。
今世間を騒がせている殺人事件の被疑者が逮捕されたとニュースで流れた。逮捕されたのは魅音と変わらぬ歳の会社員。真面目で優しそうな顔が印象的だった。
「違う・・・・・・」
魅音が思わず呟いていた。
たまたま企業のデータベースに入り込んでいた時に、この男のデータも目にした。一瞬見ただけだが、記憶力はいい方だ。この男は事件当日会社で残業していたはずだ。出退勤記録も覚えている。なぜ・・・・・・?
気になって警察のデータベースに侵入を試みた。男の出退勤記録もしっかりと記録されていた。が、事件当日の記録が魅音が見た記録とは異なっていた。
「・・・・・・改ざんされてる」
チッと魅音が不快感を露にし、ふぅっと息を吐く。そして、事件の詳細を調べ、警察の手が入っていない関連企業のデータベースを調べ始めた。何人か不審な人物を探り当て、周辺の防犯カメラの映像を洗い、犯人の見当をつけた。そして、個人所有のパソコンに侵入し、その男の行動パターンを割り出した。パソコンに向かう時間帯、ショッピング履歴や宅配の受け取り時間などから、男の行動は手に取る様に分かった。犯行の決定的な映像などはどこにも無かったが、警察のデータベースから入手した被害者の致命傷となった傷跡の形状と、男が数か月前に購入しているヴィンテージナイフの形状がピッタリと一致した。男の留守を狙ってナイフを盗み出し、そして誤認逮捕された男が勤めていた会社のデータベースにも侵入し、出退勤記録を改ざんした証拠も揃えてマスコミに送り付けた。警察に送っても誤認逮捕を認めたくないが為に、握りつぶされるかもしれないからである。その点、マスコミであれば面白ければメディアに取り上げてくれる。全くの見当違いの誤認逮捕とあれば、マスコミのいいネタである。
「これで解放されんだろ・・・・・・」
魅音が一瞬柔らかい表情を浮かべた。聖母の様な優しい顔だった。しかし、人の気配を感じるとスッと元の冷たい表情に変わる。何事も無かった様に、オフィス街を後にし自宅へと向かった。
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