橋の向こう

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橋の向こう

 知ってるんだ、俺は。  家の近くに橋がある。そこを渡ろうとすると、たまに、向こう側で手招きをする存在を目にする。  その手招きの相手は絶対に亡くなってる人だってことを、俺はちゃんと知ってるんだよ。  子供の頃に亡くなった両親や事故でこの世を去った友達など、もう生きてはいない存在が橋の向こうに現れ、おいでと誘うように手招きする。  もちろん応じる気はなくて、手招く人影が見えた日は決して橋を渡らなかった。  何が何でも生きていたい、という程生に執着がある訳ではない。だけど死にたいとは思わない。だからて招かれても応じる気はないよ。  これまではずっとそう思っていたけれど。  今日も久しぶりに、橋の向こうに人影を見た。  一年前に病気でこの世を去った恋人が、そっと俺を手招きする。  自分の死の寸前まで、俺には自分の分まで生きてねと彼女は言った。そんな彼女があの世から俺を招くなんてありえない。  それは判ってる。判ってるんだけど。  橋のこちら側からは、手招きは見えても彼女の顔はよく見えない。懐かしい彼女の顔をはっきりと見たい。  渡っちゃダメだ。俺に生きてと言った彼女が、こんなふうに俺を招く訳がない。俺は絶対彼女の姿を模した別の何かだ。  そう思うのに。思っても…。  俺の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえた気がした。  彼女の分までしっかり生きる。そう思う気持ちはあるけれど、泣きたくなる程の誘惑が俺の足を前に進ませる。  踏み出したらもう止まれない、引き返せない。それを承知で、俺は橋の向こうへと一歩を踏み出した。 橋の向こう…完
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