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ドキリとしたがすぐに立て直す。
想定内の会話なら返す言葉も決まっている。
「それにしたってもう半年だぞ。どこか悪かったらどうするんだ。今度病院行こう」
「大げさだな。いいよ、そんなに言うなら明日一人で行ってくる」
「本当だな」
「ほんとほんと。じゃあもう寝るぞ」
腰に回された腕をあやすように軽く叩くと、男は棗の後頭部に口づけた。
空気が柔らかく微睡み、すぐに馴染みのある寝息が聞こえ始める。
今夜も完璧なまでの健全ナイト。
抑制剤を飲んでいなければこうはいかないだろう。
規則的な呼吸音に誘われ、棗が睡魔に手を伸ばしかけたその時。
「――……りか、行くな……。まり、か……」
掠れた声が呻くように絞り出された。
途端に睡魔が遠ざかり、胸の中心がすうっと冷たくなる。
彼は時折夢の淵でうなされては同じ言葉を繰り返した。
まりか行くな。まりかごめん。
「またかよ」
一度や二度なら知らないフリもできたが、寝食を共にして一年、いまだに彼の悪夢が終わる気配はない。
夢に見るほど強く想う相手がいながら、棗の存在が障害となり、彼を引き止めている。
親しみが一種の愛情だとしても、これ以上彼を繋ぎとめる理由にはならない。
突然発作のような痛みが棗を襲い、ギリギリと頭を締めつけた。
「……いってえ……っ、くそ」
わかっている。身体的にも潮時だ。
彼を忘れるための薬は、棗の体には強すぎる。
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