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そもそも一つ屋根の下で暮らすようになったのは、事故に近い形で番になったのが原因だ。
二十も年の離れた子どもと既成事実を作ってしまった彼は、潔く不測の事態を受け入れた。
教職に就くような人間だからこそ、高い倫理観が仇になった。
彼、長谷川和巳は去年まで通っていた高校の養護教諭だ。
出会った頃は先生と生徒の関係だった。
αともあろう優秀な男がなぜこんな地味な職種を選んだのかと疑問に思ったが、和巳には信念があった。
Ωが理不尽に扱われる階級社会が許せず、フェアな世界を作りたいと考えた結果らしい。
互いを尊重しあうには体の機能と周期の理解を深めるところから、と教育に心血を注いでいた和巳は、高い志を買われ、新聞に取り上げられたり講演を頼まれたりと、地元ではちょっとした有名人だった。
誰に対しても態度を変えない和巳のいる保健室は、さながら戦場の中のオアシス。
棗にとっては唯一心休まる場所だった。
***
「岩佐は今日もサボりか?」
保健室の扉を開けると、棗を視界に入れた和巳が破顔した。
等身の高いバランスのとれた肢体に、白衣を纏う男の無防備な笑顔。
一瞬で棗の心臓が天井まで跳ね上がる。
無論悟らせるようなことはしない。
教員机のすぐ脇にパイプ椅子を移動させ、断りもなく腰掛けた。
棗の定位置だ。
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