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「オッサンには番いんの?」
「……オッサンはやめなさい岩佐。俺まだギリギリアラフォーよ」
「俺からすれば充分――」
「やめてえ!」
顔を覆ってしくしく泣き真似をしてみせる和巳の姿が笑いを誘う。
つまらない日々の中、棗の口角が上がるのは保健室にいる時ぐらいのものだ。
この人を独り占めしたい。
子どもじみた願望が頭をもたげる。
しかしαらしい有能さと優れた容姿を持つ彼が独り身であるはずがない。
和巳以外のαが番になることを想像するだけで吐き気がする。
「発情期なんかこなきゃいいのに」
「岩佐は19なのに遅いな。……まだαが怖いか?」
優しげな瞳で気遣うように尋ねられ、かあっと頬が茹だった。
見透かされている。
発情期がなかなかこないのはメンタルの問題だろう。
棗はαを毛嫌いしていた。
Ωを蔑むことにエクスタシーを感じる下衆が死ぬほど嫌いだ。
周囲の態度に嫌気がさして学校をサボるようになった棗は、昨年留年してしまった。
憂鬱の種は学校の中だけではない。
元はといえば家庭環境の悪辣さが棗のα嫌いを助長している。
エリート一家の岩佐家は、代々αの男子ばかりを授かってきた。
名誉ある血統に突如立ちはだかった不名誉なΩが棗だ。
憤慨した父親は、棗の出生を認めることなく養子として育て、義務教育が終了するなり大金を積んで放り出した。
お前とはもう縁もゆかりもないと豪語したくせに、棗の留年を知るや強引に押しかけ、口汚い言葉で卒業を命じた。
αなんて自分勝手で尊大で、同じ空間にいるだけで反吐が出そうになる。
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