無名の碑

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 グリフィスを中に入れ、ユリエルは椅子に腰を下ろす。それに習って、グリフィスも空いている椅子に腰を下ろした。そして、余談など何もなくユリエルに詰め寄るように話しだした。 「殿下、聖ローレンス砦に赴任すると聞きました。事実ですか?」 「さすがに耳が早いですね。その通りです」 「なぜ殿下がそのような不遇を受けねばならないのです! 此度の戦も、貴方の力なくして戦況を覆す事などできなかった。国を守った者を左遷するなど。厚遇を持って迎えられて当然ではありませんか!」  グリフィスは怒りが収まらない様子で声を荒げる。普通ならその怒気に当てられて委縮するだろう。  だが、ユリエルは苦笑した。こうもはっきりと、一国の王に対して不満を言う男もそうはいないからだ。  シリルといい、グリフィスといい、ユリエルの傍には自然と気持ちのいい者が多く集まっている。 「落ち着きなさい、グリフィス。聞かれていたらお前も不興を買いますよ」 「貴方が落ち着きすぎているのです、殿下。こんなことがまかり通れば、兵も士気を下げます。それに、貴方はあまりに不遇を受けすぎている。こんなことが、許されるはずがありません」 「私の事は今に始まったことではありませんよ。それに、今お前が不興を買っては困るのです。お前には、シリルを守ってもらわねば」 「守る、ですか?」  ユリエルの言葉に、グリフィスは一度怒りを納めて問い返す。それに、ユリエルはゆっくりと頷き、険しい顔をした。 「今回の戦い、私は腑に落ちないものを感じています。ルルエ軍の引き際があまりに良すぎる。まるで、示し合わせたかのようです。何か裏があるように思えてなりません」 「ですが、何ができるというのです? ラインバール平原を平定しない限り、この国に侵入する事はできないはずです。他の道は行軍には適さない。たとえ侵入できたとしても、少数でこの国を落とす事は不可能では」 「そうなのですがね」  グリフィスの言い分が正しいのは分かっている。両国を隔てる平原の国境に、それぞれ砦を構えている。この道以外、行軍に適した道はない。山道もあるがあまりに厳しく、兵や兵糧を運ぶには不向きだ。  加えて、山を越えて町に入る場所には関所がある。不審な者があれば気づくだろう。
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