不遇の王太子

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 荘厳な王宮の中庭に、ひっそりと建つ碑がある。名も刻まないその碑の前に、一人の青年が膝を付き、一輪の百合を捧げた。  背に流れる髪は銀糸の如く煌めき、瞳は深いジェード。天使のごとく美しい顔立ちは、厳格な雰囲気と白い衣服と相まって、本当に舞い降りてきた使者のように思える。  彼の名はユリエル。タニス国第一王子であり、王太子である。  彼は碑の前に膝をついて礼をし、とても寂しい笑みを浮かべた。 「母上、この国は既に落ちるのを待つばかりかもしれません」  静かな声が語りかけるように紡がれる。表情は冷たく、硬いものだった。  胸元から小さな羊皮紙を取り出したユリエルは、再びその書面を目で追った。 『ユリエル・アデラ・ハーディング  聖ローレンス砦への赴任を命ずる。速やかに任地へと赴き、職務を全うせよ』  聖ローレンス砦は、王都より北東に位置する大陸行路の監視地だ。昔は戦も多く、それなりに活躍もした砦だが、今はそこまで踏み込まれる事もなくなり、もっぱら暇な監視と取り締まりが仕事となっている。  そのような場所に、王太子であるユリエルを赴任させる理由は分かっている。ユリエルを嫌い、危険視する役人や大臣が多いからだ。  現国王は、その昔は立派な王であった。だが、ある時から意欲を失くし、年齢もあって力は衰えている。今や腐敗した大臣や役人の言いなり状態だ。  ユリエルが憂えるのは、大臣や役人がこれ以上力をつけ、財を溜め込み、腐敗していくことだった。彼の目から見れば、既に王の弱体化は深刻なレベルにあるように思う。  さっさと王位を譲ってもらうのが一番いいのだが、それもまごついて上手くゆかない。ユリエルが王となれば、今までのような甘い蜜は吸えない。そればかりか身の危険となる。それを恐れる大臣達が、ユリエルを廃し、弟を王太子とすることを画策している。  ユリエルは静かに瞳を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、先程の王の姿だった。なんと小さく、弱く、頼りないものだったか。それを思い起こしていた。
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