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暗闇の中でチカチカと光るのは、携帯電話が放つ着信ランプ。懸命に点滅しながら訴えるも、肝心の持ち主は夢の中。
「ああ、頭痛が痛い……」
国語の教師だった母親が聞いたなら、即座に叱られたであろう。そんなデタラメ構文を吐きながら、一色彩実は枕替わりのクッションから渋々頭を持ち上げた。
開き切らないまぶたの裏に見えるのは、簡素な姿見鏡と微妙にファンシーなフォトフレーム。誕生日プレゼントにと、独特なセンスの持ち主である元彼から贈られた最後の貢ぎ物……。
時は、二十八歳を迎えたばかりの休日午後。
「はは、ブスい顔」
寝落ちしたのが何時であるかも記憶にないが、ここが間違いなく住み慣れた自室であることを二日酔いの頭で確認できた。
頭上で放ったらかされていた携帯電話を手元に引き寄せ、馴れた指先で彩実は速やかに画面ロックを解除する。
件名:おめでとうございます!
飛び込んできたのは、怪しさ満点な表題のメール。送信元のアドレスに覚えはない。
本文:女神として正式に登録されました!
━━女神?
「スパムでしょ、どうせ」
迷惑メールは触れないに限る。本文を開封しないまま、ゴミ箱ファイルへ削除しかけた寸前。昨夜の記憶が、鮮やかに彩実の脳裏へとよみがえった。
「女神……ヴィーナス?」
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