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会社から与えられた作業部屋で私は頭を抱えていた。
私の目の前にはソレがあった。まるで、ミミズがのたくったような筆で書かれた文字の書類が、箱に詰められ無造作に山積みにされていた。
もし、文字の読み書きができたとしても、筆で書かれた文字に慣れていない人は、きっとこう言うだろう。
「達筆すぎて読めないや」
実際、作業している私たちもある程度は見慣れている。見慣れているがゆえに断言できる。
「読めません」(キッパリ)
江戸時代末期から明治時代に書かれたというソレは、麻ヒモでくくられていて、とても貴重なもののはずなのに、なぜかダンボール箱に入れられ、山積みにされていた。
きっと現在のような書類専用の綴りヒモなんて存在しなかったか、あるいは、高価すぎて、地方の役所では購入できなかったかのどちらかであると推測する。
どちらにしろ今からソレを解体、いや、解読し、現在の地図と照らし合わせながら、現代語に訳し、データ入力作業を得て、現代版の書類の形に変化させ、それから先はまだ長い。
今回、編集責任者であるから依頼されたのは、たったの三つの作業。まず「解読」、次が「現代語に訳す」、最後には「現在の地図との照会」である。作業手順としては、ややこしい、めんどくさいに尽きる。
作業、もとい仕事をするからにはルールというのが存在する。
ひとつ。作業中は、白手袋、ゴム製の指サックを外さないこと。
ふたつ。作業中は、えんぴつのみを使用すること。
みっつ。入室パスワードは日替わりです。午後三時で切り替わります。
よっつ。季節関係なし、長袖着用。汗などが書類につかないようにすること。
中でも一番困ったのが、みっつめの入室パスワードがコロコロ変更になるというもの。例えばだが、午後三時の休憩。休憩前に入室可能だったパスワードは、休憩後には使えないのである。その都度、他の部署にいるパスワード管理者に聞きに行ったり、トイレ時間をみんなで合わせて、集団で行動しざるを得なかったりした。
今、思えば、それだけ機密文書に近い情報を扱っていたから仕方ないのだが、当時は自分たちがそんなに「重要な文書を扱っているとは知らされていなかった」ため、ごく普通の情報ぐらいにしか思っていなかった。
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