第1R『オタクで何が悪い!?』

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「まぁ、まぁ。すぐに断らないで。とりあえずサンドバッグを叩いてから結論だそうか。気持ちいいから。せっかくだし。ね」 そう言いながら、平田さんは僕の手をつかみ、引きずるようにサンドバッグの前に連れて行った。相変わらず力が強い。体は小さく、線も細くて強そうにはみえなんだけど。 「じゃあ。まずその手袋はずして、この軍手つけて」 平田さんは僕のオープンフィンガーグローブを不思議そうに見ながら軍手を差し出して言った。 「軍手?」 思わず声が出た。軍手ってあの軍手? 「バンテージ、あっ、あのみんなが手に巻いている包帯みたいなやつね。あれ巻くの時間がかかるから体験はこの軍手でやるのよ」 「は、はぁ。軍手でいいんですか?」 「そう。その手袋はダメだけどね。革だけど生地薄いし、なんで手の甲の部分が開いてんの?ケガするよ」 そう言われて、自分のオープンフィンガーグローブがなんだか急に恥ずかしくなった。ササッとはずして、背中のリュックをおろし素早くしまった。すぐに何もなかったかのように軍手をはめた。 その時、リングの中でボクシングの型をするあこたんの姿が目に入った。確かシャドーボクシングってやつだ。その動きはステージを舞う一流シンガーのようだった。ダンスのような華麗なステップで舞っている。ボクシングをまったく知らない僕が見てもかっこよかった。きっとそれなりの練習をしているのだろう。真剣なまなざしで、もちろん僕の姿なんて目に入ってない。その姿を見て、ちょっとだけやる気が出てきた。 「よし。じゃあこのグローブつけて。十オンスだからちょっと重いけど」 平田さんに渡されたグローブに手を入れる。腕の所はマジックテープになっていて簡単につけることができた。何度か握ってみる。 「結構大きくて、重いんだなぁ」 見よう見まねで拳を前に突き出してみる。自分でもなさけないぐらいへなちょこパンチだった。蚊が止まるようなパンチとはこのことだ。軽く十匹は止まっちゃうね。 「ケガしないように、ちょっと大きめにしといたよ。本当はパンチンググローブとか小さいのもあるんだけどね」 そう言いながら平田さんはグローブの全体を確かめるように触る。問題ないようだったようで軽く頷く。
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