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 男は私の答えを聞きながらピックを拾っていた。顔とは裏腹に手は節くれ立っていて、老成しているようにも見える。 「君は、旅をしてるの?」 「はい。色んなところを旅して、色々経験を積みたくて。僕には特別な経験とかないから」  特別な経験がない、と照れたように言う男は、本当に幸せな人生だったのだろう。  私の人生だって、そう特別なことはない。高校生のときにカンナに誘われてライブをやってから、音楽の魅力に取り憑かれてしまっただけだ。ここまで来られたのだって、カンナの冷静さと野心があってこそだ。私は無心で歌い続けてきただけ。他には何もしていない。ちょっと出会った人が特殊なだけで、それ以外は平凡な人生。特別な経験を作ろうだとか思う前に、カンナに手を引かれて走り始めてしまっただけ。  自分の意思で歩き始めただけ、この男には見込みがあるのかもしれない。少なくとも私にはない度胸がある。 「旅をして、そのあとはどうするの?」 「色んな人に会ったり、色んなことがあったりするから、それを曲にしていこうかなって」 「……じゃあ私も、運が良ければ曲になったりするかな?」  男は笑顔で頷いた。少し日焼けした肌に映える、夜を跳ね返す白い歯。男は眩しいほど真っ白な光に包まれていて、その上に黒い絵の具を塗りたくってみたくなった。     
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