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ここはどこだろう。看板に書いてあるはずの駅名はどれも掠れて読めなかった。私の記憶の中にこんな駅はなかった。周囲を見回してみると、海が近いのか微かに潮の香りがした。古びた線路はずっと向こうまで続いている。けれど列車は来るのだろうか。必要なのかわからないくらいスカスカの時刻表。朝と夕方に一本ずつ。今は何時だろうか。時計を確認しようと左手首を見ると、そこにはあの奇妙な花の腕輪があった。どうやっても外せない花から目を逸らし、私は列車を待ってみることにした。
ガタガタと音を立てる木の戸を押し開けて、誰もいない駅舎の中に入る。壁に沿って設置されている木のベンチは表面がささくれ立ってはいるものの汚れてはいなかった。人の気配はないが、使われていないというわけではないらしい。私は右側のベンチに腰掛け、窓の外に目をやった。私の背を追い越しそうな草むらの向こうには杉林が広がっているから、景色は全体的に緑がかっている。真っ直ぐに天を目指す木々を眺めていると、少し傾いた太陽が眠気を連れてきた。誰も見ていないのをいいことに大きな口を開けて欠伸をする。すると、どこからか小さな笑い声が聞こえてきた。声のした方にゆっくりと顔を向けると、いつの間にか向かいのベンチに老婆が座っていた。老婆はどこか幼ささえ感じさせる無邪気な笑みを浮かべていて、私は毒気を抜かれてしまった。
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