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今日歌っていたときの感覚――できれば忘れてしまいたかった。最初はいつもと同じだった。舞台の上からは客席がよく見える。ツアーグッズを身につけたファンたちが、期待に目を輝かせて私たちを見ていた。その視線を感じる度、細い蔓が地面から伸びてきて、私の体を締め付ける。蔓は私の血液の流れを堰き止め、爪先から体の中心に向かって体温を根こそぎ奪っていく。けれど遠くに聞こえるカンナの奏でるレスポールの音が、冷えた体に新たに沸騰した血液を巡らせ始める。指先まで音が行き渡ったら、あとは本能が赴くままに声を上げるだけ。それが私の歌だった。
いつもと違うと思ったのは、アップテンポの曲を畳みかけていたときだった。私の内側から無数の棘が細胞を一つ一つ刺し貫き、皮膚を突き破って外に出ようとしていた。喉の奥で重い荷物を引きずっているような低い声がこだまし始める。私は爆発しそうな痛みを押さえつけながら歌い続けた。ここで歌を止めるわけにはいかない。動かない頭で曲のストーリーを記憶から引っ張り出す。『あなたの仕組み』はカエルレアのデビュー曲だ。どうしようもなく好きになった人の「仕組み」が知りたいと歌う、どこか偏執的な愛の歌。指を動かすときには、どんな風な電気信号が脳を駆け巡るのか。その色は何色なのか。その人の何もかもが好きな理由を知りたくて、科学者のように冷静に、けれど熱い視線をもってその人を見つめる。けれど思いを打ち明けて一歩先の関係に進もうとは露程も思っていない。正直な話、私には理解しきれない歌だった。カエルレアの曲は全てカンナが作っ
ているから、自分では決して抱かないような気持ちを歌うことなんてしょっちゅうだ。ワンフレーズ歌い終わる度に、体を内側から刺してくるような痛みは酷くなっていった。
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