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緑色の蔦の先に不思議な色合いの花が咲く。〈わたし〉は首筋に汗を滲ませながら声を上げ、その熱で邪魔な蔦を燃やそうとする。やめて、という私のか細い声は聞こえていないだろう。体の中心を熱した鉄の棒で貫かれたような痛みが走り、意識の糸が無残に断ち切られた。
気付けばライブは大成功に終わっていて、私は途中から歌っていなかったのに打ち上げの場にいる。体の中に今も残る熱が、舞台の上での出来事は夢ではなかったのだと私に告げていた。私は熱をやり過ごすために息を吐き、グラスに残った酒を飲み干した。
平松さんは嘘を言わない。今日の〈わたし〉の歌は確かに良かったのだろう。まるで歌うために生まれてきたとでもいうように、そうしなければ死んでしまうとでもいうように〈わたし〉は歌っていた。その必死さが鬼気迫る演奏に繋がるのに、何の不思議もない。だがそれは私の歌ではないのだ。私はこの話題を早く切り上げたくて、幽霊のようにふらりと立ち上がった。
「ちょっとお手洗い行ってきます」
「あ、ごめんごめん」
平松さんは緩んだ笑顔を浮かべると、テーブルの片隅に置かれたメニューを引き寄せた。私は喧騒の間を縫って襖の近くまで歩く。足の裏に感じるはずの畳の感触がなかったのは、宵のせいばかりではないだろう。
カンナはまだ田町さんと話し込んでいる。カンナの声は低いが、田町さんの声は演奏している楽器とは違って高く、耳を澄ませなくても話が聞こえてきた。
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