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 草原に身を投げ出す。トケイソウ越しに、青いままの空が見えた。さっきと何も変わっていない。でも私は変わってしまった。  あの声が欲しい。たとえどんな手を使ってでも私の物にしたい。手を伸ばしたところで一輪だけ咲くトケイソウにすら届かないけれど、そうせずにはいられなかった。  あの声は、とても不思議だった。昨日読んだ小説に出てきたものと似ている気もする。「淋しいんだけど慰められる、淋しいけれども励まされる、淋しいけれど勇気が出る」と描写されたその声は、「孤独の歌声」と呼ばれていた。さっきの声は確かにそれに近い。しかし何かが違う。そんな生易しいものではなかった。冷たさも熱さも両極端に振り切れていて、私の(のう)(ずい)を芯から揺さぶった。  もう一度聴きたい。もうどんな慰めや励ましも必要ない。この心を刺し貫いて、消えない傷を付けて欲しい。その声に傷つけられて死んでしまった私の心は、きっとその声に包まれて生き返るだろう。耳を澄ましても聞こえないとわかっていながらも、私はその草原に(たたず)んで声の訪れを待った。  あの孤独より苦しく冷たくて、血潮のように熱いあの声にもし名前を付けるなら、それは――。
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