あの日の君

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息子や娘が時々様子を見に来ては、「ちゃんと食べてるのか」だの「熱中症には気を付けろ」だのと気を揉んでくれる。 ありがたいが、子供達にもそれぞれ家庭があるので、世話になろうという気は起こらない。 近いうちに必要最低限の物以外は処分し、最近増えてきている高齢者向けの集合住宅に入ろうとパンフレットを貰ってきている 。 ただ、小さな一戸建てとはいえ、長年住んだ家には愛着も思い出もある。もう少し、もう少し…と思っているうちに月日が過ぎてしまっていた。 そろそろ、真剣に身の振り方を考える時期なのかもしれない…と思いながら、仏壇脇に飾ってある敏明の写真を見つめた。 唯一の趣味だった釣りで、大物の鯛を釣り上げたときの写真だ。 写真の夫は、思い出の中の姿のまま、満面の笑みで笑っている。 ふと時計を見ると、もう夕方6時だ。 陽が長いとは言え、そろそろ買い物に出なくてはと千鶴子はゆっくりと立ち上がった。
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