プロローグ

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 これにデビッドは「なにか催眠効果というか、精神的なものだ。人はある種のストレスで、身体が誤作動を起こす話があるだろう? 焼けたマッチを見せてから、目隠しをして手に氷を押し付けると熱いと感じたり、水ぶくれができたり。これは一種の集団ヒステリックの類かもしれない」と、仮説を説明すると、マーサがそれに賛同した。  「プラシーボ効果ですね、思い込むことで脳も騙されて、健康だったのに体調を崩したり、偽薬で病気が治ったり」  だがマイケルは、それはいかにも安易な答えのように思えて仕方なかった。  「そんなバカな、みんな思い込みで勝手に呼吸困難を起こしたというわけですか?」と、呆れ声だ。  デビッドは声を荒げることなく、マイケルに説明をつづけた。  「たしかに普通ではありえない。しかし、不思議なことに全員が暗い場所に閉じ込められる恐怖心におびえ、寒さを訴え、息が詰まって死んでいくんだ。はじめは細菌が原因と考えたが、どうも違う。どの患者も共通の悪夢に悩まされているんだからな」  マーサが「何者かに刃物で斬られる夢ですね」と、答えた。  これに大きくデビッドはうなずく。  「失明する第二段階の症状は患者には伏せていたし、刃物で斬られる夢は患者の症状とはなんら関係がない。不思議と思わないか? なぜみんな同じ夢を見るんだ?」  マイケルが「ちょっとまってください、我々は専門は細菌学で心理学者じゃないんですよ」  「だが、それがこの治療のカギだとしか思えん」と、主張を変えないデビッドの様子に、マイケルは失望を隠しきれなかった。  だから、いささか皮肉が混じった物言いで、「夢で《体の切断》を、どう解釈するのか、わかりませんが、催眠術師や魔法使いが、この研究施設にいない以上、チーフの仮説には賛同できませんね――そりゃ現代の医療の範囲を超えてる」と、デビッドの仮説に異を唱えた。    マーサも「わたしもマイケルと同意見です。それじゃ我々ができることはなにもありません!」  マーサは恐怖に耐えきれなくなって嗚咽を始めた。  その時、デビッドはマーサを抱きしめて、励ました。  「いけない! あの夢は心が弱ったものが憑りつかれるんだ! もう、ここにはわれわれ三人しか理性を保った人間はいない。白旗を振ったら、それでほんとうにおしまいになるぞ! ヒントを見つけたんだ! 助かる方法はきっとある!」  マイケルは、そんなデビッドたちの姿を黙って眺めるしかない。  彼には慰めの言葉さえ見つからなかった。  たとえデビットの説が正しくても、治療法がわからなければ、この施設から出られないからだ。  マイケルはいたたまれず、ミーティングルームから廊下へ出た。  デビットが「どこへいくんだ、マイケル」と、訊くと、マイケルは弱々しく首を横に振って、「ちょっと一人になってきます」と、答えた。  マイケルは廊下に出ると、施設と外を遮断するための閉鎖壁を恨めし気に眺めて、「OPEN! THEDOOR!」と呟き、しゃがみ込んで目をつぶった。
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