第一章 負傷

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 「そうではありませんか、子供が生まれると聞いたら、慌てふためく卑怯者! あなたは金メッキの人です! ほんとうは空っぽでつまらない人なんだわ!」  英輔から返事はない。ただ額から脂汗を流しながら女中の罵詈雑言を聞いているだけだ。  もし彼が器の大きな人物なら悲劇は起きなかったかもしれない。だが残念ながら乳母(おんば)日傘(ひがさ)で育てられて、まったく寛容さがなかった。  猛烈な怒りに英輔は震えていた。  女に面と向かって罵られるなど不名誉とされる男尊女卑の時代――  (戦場から命からがら戻ってきたら、今度は小娘にバカにされるのか?)  と、被害者意識が彼のプライドを踏みつけた。  完全な逆恨みだが、それが許される間違った風潮が日本にはあった。  さて、この男は中身がタマネギのように皮ばかりで、なんにもないかといえばそうではなく、とても獰猛なものが残されていた。  戦場で学んだ闘争心というものだ。  それが煮えすぎた鍋のように湯気をふきあげていたが、理性が外へ噴出しないように無理やり押さえ込んでいた。  腐っても鯛で、英輔は自分を叱った。
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