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(相手にするな、所詮は野良犬の遠吠えだ、おれは一椿家の長男だ。そもそも下賎(げせん)な女とは血筋が違う!)
が、別れ際の菊の言葉がいけなかった。
彼女は勝ち誇ったように、こう言ったのだ。
「安心してください、子供なんか出来ちゃいません、あなたを試そうとしたんです」
「からかっていたのか!」蒼白になった英輔が訊くと、とても意地の悪い笑顔を浮かべながら彼女は言い放った――
「バカな人!」
一瞬だが菊の目の色が薄茶に見えた。よく子供が《バカが感染する》などと相手を罵って息を止めたりするが、この場合は(こんな奴は見るのも嫌だ)と、瞳の奥にある水晶体の色彩が薄くなっているのだ。
これを見た瞬間、英輔の沸点がいっきに限界に達し、理性が粉微塵に吹き飛んでしまった。
彼は野獣のような唸り声を上げると、床の間に飾ってある日本刀を掴んで鞘を抜きはらった。
先祖から遺伝した酷薄さが出てしまったのか、それとも戦場での体験を思い出してしまったのか? 菊が憎らしくてたまらなくなり、頭の中が真っ白になって――気がついたときには『無礼者!』と、罵りながら、何度も日本刀を振り上げていた。
興奮が治まると、彼の足元に菊の変わり果てた姿があった。
「ぎゃっ!」
彼は素足で毒虫でも踏みつけたように、奇妙な悲鳴を上げた。
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