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気づけばズボンもシャツも鮮血を浴びて、びしょぬれだ。
菊は無残にも腹、両足の三箇所を切断されて、人の姿をしていなかった。
切断された腹からブヨブヨした腸が流れて、ひどいありさまだ。
英輔は血だまりの中で、子供が拗ねたように膝を抱えてうずくまってしまった。
執事長の大磯が菊の悲鳴と英輔の怒号を聞きつけて部屋に入ってくると、青白い顔で彼は喉の奥からかすれ声をだした。
「大磯! こ、こいつを古井戸に捨ててしまえ!」
法治国家となった日本で、猟奇殺人事件が起きれば警察に通報するのが当然だが、まだまだ士農工商の封建制度の概念が生きていた時代だ。
(これが世間に露見すれば伯爵家が終わってしまう)
そう思った大磯は盲目的に英輔の命令に従ってしまった。
彼は下級武士の出身だった。
維新の頃は二十九歳だ。《主人を守り抜くことこそが正義》という旧態(きゅうたい)依然(いぜん)とした武士道が、完全に頭から抜けきっていない。
また教育ばかりではない。もし一椿家を失えば家族がいない彼には行き場がないという事情もある。もう五十八歳で職をなくせば働く場所がなかった。
遺体の処理にふたりの執事が呼ばれたが、貧しく育った彼らもまた幼い頃から大磯とはべつの意味で滅私(めっし)奉公(ほうこう)を叩きこまれており、金をちらつかした途端、法律を遵守する精神を飛び越えてしまった。 つまり長いものには巻かれろだ。
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