プロローグ

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 二〇三〇年、八月。   「OPEN! THEDOOR!」、「OPEN! THEDOOR!」という声が、米国サウスダコタ州の感染症研究施設で轟いた。  それも、あちこちの部屋で――数十人の人間の口から「OPEN! THEDOOR!」が叫ばれた。  施設内は生物災害の疑いで、閉鎖されており、勤務していた研究スタッフごと隔離されている状態だった。  だが研究スタッフは誰も納得できなかった。  そもそも持ち込まれた遺骨からは、有害なバクテリアの類さえ見つけることができなかったからだ。  感染経由もわからない。  それが飛沫感染するのか、それとも接触感染なのか、蚊やノミなどで動物感染するのかもさえわからない。すべてが不明のままだ。  そもそも施設内での細菌漏洩防止(バイオセーフティー)システムが破綻したわけではなく、物理的封じ込めは完璧なはずだった。    にもかかわらず感染者は増えていく。  まず初期症状になると、急激に体温が低下して、看護師がいくら室温を上げて、身体を湯たんぽなどで温めても症状は改善しなかった。  このとき、なぜか患者は例外なく、「OPEN! THEDOOR!」と、叫んで自制心を失い、パニックになっていくのだ。    第二段階になると、視力が低下し、盲目に近い状態になる。  眼病ではなく網膜などに異常が見られないのも関わらず、光を感じなくなってしまう。そしてきっかり二週間が経過すると、肺機能に麻痺が起きて呼吸困難で死亡するという恐ろしいもの。  研究施設内は疑心暗鬼でパニックが起き、ミーティングルームで冷静に事態を収束しようと努力しているのは、わずかな研究員だけになった。  いまだ謎の病原体に対するワクチンも特効薬の糸口さえつかめないでいる。  これは、いかにも不思議だった。  遺骨があったのは、米国を中心とした日本、オーストリア、イギリスの連合軍に敗北した某国のミサイルの中なのだ。  敵が潜む基地の上空に遺骨を散布して、一体何の効果があるのか?  誰もが《人に新種のウィルスを植え付けて、毒素が増すように培養し、死んだ人間の骨を武器に応用したのだろう》と、考えたが、細菌兵器は特効薬やワクチンが必要になる。敵ばかりが味方にまで感染して被害が出るのなら、兵器として使い物にならないからだ。  だが、いくら某国の資料を調べても、どこにも特効薬の資料はなかった。  某国の研究者を問い詰めても、「細菌ではない。そのメカニズムは不明だ」と、答えるだけだ。  研究チームのリーダ、デビッド・グラハムは四十歳、既婚者で七歳の男の子がいる。  デビッドは(これはウイルスやビールスが原因じゃない)と、考え始めていた。  なぜなら、いくら電子顕微鏡で調べても、米軍が採取した骨の組織に、有害な微生物らしきものが見つからないからだ。  部下の研究員、マイケル・フェンは「じゃあ、チーフ、なんだと言うんです?」と、質問した。  かれの年齢は二十代後半、まだ独身で容姿も悪くない。  意見交換するのは、もう一人、マーサ・ヘンドリックスだ。  マーサも二十歳代の研究員で、美人なので、ほかの男性研究員のアイドル的存在だった。  細菌の培養、管理を任されているホリー・ベイマーは、仮眠中でまだここには来ていなかった。
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