プロローグ

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   *   時代は二〇一四年までさかのぼる。    「はじめまして、わたくし週刊明日ジャーナルでルポライターをしている笹屋秀樹(ささやひでき)といいます」  「はあ」  井上恵美子(いのうええみこ)は名刺を受け取り、笹屋と名乗る男を見た。  色白で女性のような顔をしている。  年齢といえば、これがはっきりしない。童顔なので十代の若者にも見えるし、二十代後半にも見える。  身長は一五〇センチくらいの小柄で、頭髪は肩まであるボサボサ頭。寝不足なのか、うっすらと目にクマがあるので、なんだか疲れた金田一耕助みたいな雰囲気を漂わせていた。  もちろん袴に着物姿ではなく、この男は灰色のパーカーによれたデニムのジャケットを羽織り、渋い柿色のジーパンを履いている。  まあ今風のどこにでもいる若者といった服装だ。  恵美子は今年で還暦になるが、母方の曾祖母になるヒサのことは一椿家(いちつばきけ)に、ほんのしばらくの間、女中として勤めていただけという話しか知らない。  太平洋戦争が終わり、アメリカの占領軍により日本の貴族制度が廃止され、侯爵、伯爵などは爵位は永遠に失われた。  一椿家は太平洋戦争の空襲の時に、一族は全滅して屋敷も灰塵と化してしまったという。  軍閥が発足した当時から関係が深い一椿家では、明治時代後期から、旅順のべトン要塞を攻略すべく、新兵器を研究していたようだが、あまりに危険で、味方にも甚大な被害で出かねないということで開発計画はとん挫したらしい。  「今となっては、どんなものか、かいもくわからないんですが、不思議なことに、この計画が日本のオリンピック誘致に繋がってくるんです」と、笹屋から説明されたものの、知らないことは話しようがない。  「はあ、でも去年の夏に八十六歳の母も亡くなって、曾祖母となると、知っている人間は誰もいないんです」と、答えるしかなかった。  それにオリンピックといえば国家的な大イベントだ。  戦争どころか平和の祭典なのは誰でも知っている。  それなのに、この笹屋という男は、こともあろうに明治時代の話をほじくり返しているという。 (謎の新兵器って、なにを考えてるのかしら?)  恵美子は笹屋を警戒した。
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