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腕力にものいわせて海面に振動を与えたということだろうが、今の魔王にそんな力が残っているなんて。ただ海面を叩くだけでは海中の魚になんら影響を与えないはずなのだが、浮かび上がってきた魚は、その振動に気を失っているのだから力を押して知るべし、である。魔力だけが魔王の強さではないのは分かっているが、キースはしゃんと背中が伸びる気がした。
――気を抜いてはいけない。
偽物のくせに、この魔王は力を持っている。その力を少しでも恐れれば圧倒的有利なこの状況すら揺るがされかねない、とキースは平穏を保った。
「あのね、貴方、こんなに魚食べるんです?」
「置いておけ」
「腐りますよ」
「腐る? 城では大量の魚を保存していた」
「魔界の魚と一緒にしないでくださいよ」
「人間界の話だ」
確かに魔王は大陸に城を持っていたが、そこで魚を保存していることなんかも把握していたらしい。ただ力を振るうだけが魔王かと思っていたが、兵糧の管理などもするのか、と今更気付く。
魔王とは全てを統べるもの、それは以前魔王が自ら語っていたことではあったが。
「貴方、あまりそんなこと言わない方がいいですよ」
兵糧の管理をするなんて、なんとなく威信が揺らぐ気がする。全ての上で威張り散らしている方が「らしい」気がするのだ。
「何を言っている、とにかく早く取って保存用にしろ」
「私、料理人ではないので干すことしかできませんし、あんなに沢山干したって食べきれないでしょう」
「食わん分は捨てろ」
「駄目ですよ、無駄に命を奪うことはしません。食べきれる分だけ取ればいいんです」
「それでこんな面倒なことをしているのか? ――やはり貴様は馬鹿だな」
心底呆れたような声を出した魔王が背を向ける。せっかくここまで出てきてくれたのにこのまま否定だけしては悪かったか、とキースは浮いた魚を魚籠に入るだけ取って魔王に押し付けた。
「すみません、荷物が多くて持てないので、持っていって貰えますか?」
魔王は嫌そうに眉を顰めたが、キースの手から籠を取り上げてさっさと崖の上に戻っていく。
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