1. TVスタジオ

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1. TVスタジオ

 スタジオのライトが眩しくて、阿川祐介は思わず片手を眼の上にかざした。  立ち眩みに似た戦慄に、一瞬上半身が緊張する。  武者震い、と誤魔化すべきかもしれないが、そんな生易しいものでないことは、当人の祐介が一番よく知っている。  胸の奥底に潜む、他人には決して打ち明けたことがない密かな怖れ。まるでとぐろを巻いて眠っていた蛇が唐突に鎌首をもたげるように、その恐怖心が時おりおのれを戦慄させ、戒める。  さえぎろうとしても、非情に、そして執拗に向けられるフラッシュライト。  途切れることなく続くカメラのシャッター音。  あのフラッシュに攻め立てられる日が、いつかまたやって来るのだろうか。  いや、このまま何食わぬ顔で、人生の王道を歩き続けることだって、十分に可能なはず。まだ五十歳になったばかりで、勝負はまだこれからのはずだ。  祐介はスポットライトから眼をそらし、毅然とした表情でテレビ局のスタジオを眺め渡した。    「阿川先生、収録を始めますのでご着席下さい」  番組ディレクターの声に我に返り、祐介はパネル席の一つに腰掛けた。  V字型の論壇の中央には、司会を務める局アナとアシスタントの女子アナが既に陣取っており、祐介達ゲストの論客を迎え、立ち上がって丁重に挨拶した。  今日討論するテーマは「北朝鮮の脅威と日中関係の今後」で、祐介は「元外務省高級官僚・日中関係に詳しい経営戦略コンサルタント」として招かれている。  北朝鮮の無謀なミサイル発射実験が頻繁に行われ、米国をはじめ日韓政府が、中国に北朝鮮を何とかして欲しい、と考えている昨今、日中関係の専門家として、この手の討論番組への参加を打診されることが多くなった。  祐介の隣には元防衛省の論客、その隣に古参ジャーナリスト、そして司会を挟んで反対側のパネル席には元政治家の連中、端には国際問題専門家の滝本華怜が座っていた。まだ三十代前半の平成大学准教授で、美人故にか引き合いが多いらしく、最近テレビによく出演している。華怜と一緒の番組に出演するのはこれで三回目だった。  本番前の緊張感がスタジオを包み、祐介は横目でちらりと華怜を見遣って、視線が合ったので軽く微笑を交わした。 「それでは今日のゲストをご紹介します・・」
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