11人が本棚に入れています
本棚に追加
クラブの女の子達に、東京からイケメンがやって来た、とかお世辞にせよ騒がれて内心いい気になりつつも、三十代も半ばを超え、男としてそれなりの自信が揺らいでいた時期である。
うら若い女子大生に純粋な眼差しを振り向けられ、輝くような笑顔を見せられて、いやでも心が舞い上がった。冗談でなく、恋に落ちた。
一線は越えるまい、と自分に言い聞かせていたのだが、或る夏の晩、夕立に襲われて彼女のアパートで雨宿りすることになった。粗末ではないが高級でもない彼女の城に足を踏み入れた時、やめておけ、という最後の警鐘が聴こえた。
しかし、雨に濡れたTシャツが肌にべったり吸いついている若い女の露わな姿を眼にして、心の内の警鐘を黙らせたのだった。
祐介は溜息を洩らし、思わず独白した。
「間違っては、・・いなかった」
「いったい、何を間違っていなかった、っていうわけ?」
女の声に驚いて我に返ると、背後から抱きつかれた。
「祐介さん、さっきからずっと目覚めていたでしょう。何を考えていたの?」
図星だったが、祐介は女に向き直って腰に腕を回し、声を和らげた。
「別に考え事をしていたわけではない。なんとなく眠れなくてね」
「眠れないっていうのは問題ね。それも、この私と一緒にいる時に眠りにつけないのって、侮辱に等しいわよ」
華怜は眉間に皺を刻み、テレビ局の討論会で見せるような真剣な表情を装った。無論、彼女特有の冗談で、別に本気で怒っているわけではない。
「君と一緒だからこそ、眠る時間も惜しい、ってわけだ」
祐介は華怜を黙らせようと口づけた。
そう、昔のあの事件など、もう綺麗さっぱり忘れてしまうべきなのだ。今の自分には外務省勤めの役人時代には夢にも見なかった財力があり、栄誉もあり、知的美人のガールフレンドもいるのだから。
祐介は唇を離し、キスを受け入れようと瞼を閉じている華怜の顔をしげしげと眺めた。
それにしても、華怜の小さく整った顔は、なぜか上海で出逢ったスーを思い起こさせる。ふっくらとした唇は女学生のスーにはなかったものだが、ツンと突き出たほっそりとした鼻や、少し釣上がった眦が、どうしてもスーの面影に重なる。
華怜が眼を開け、にやりとした。
最初のコメントを投稿しよう!