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3.バーラウンジ
窓の外には東京の夜景が広がっている。虹色のレインボーブリッジはまるで香港のネオンのようで、単色の都会に妖艶な彩を添えていた。
汐留のファイブスター外資ホテルのバーラウンジは高層階にあり、人影も少なく、ふと東京にいることを忘れそうになる。ここが香港であっても、はたして上海であってもおかしくない。
ビールのグラスを傾けながら、祐介は大学時代の友人、西條敦夫の愚痴に耳を傾けていた。
「まったく、最近のテレビ局の凋落は嘆かわしい」
酒に強い敦夫だが、今夜は飲むピッチが速い。
「おいおい、テレビ局の重役さんがそんな弱音を口にしない方がいいんじゃないのか。どこに週刊誌の記者が潜んでいるとも限らない。軽口のつもりが、やはり危ないOO局、とか書かれても知らないぞ」
祐介は笑いながらも、敦夫に同情しないでもなかった。
営業赤字に転落して社長交代を余儀なくされたテレビ局もあり、視聴者のテレビ離れが激しい昨今、どのテレビ局も業績回復に腐心しているらしい。
祐介達が大学を卒業した頃はまさにバブル絶頂期で、敦夫は札束が飛び交うような栄華を極めていたテレビ局に就職した。かつてのテレビマンの栄光はいずこへ、というところだ。
「祐介、お前は上手く立ち回って、賢いよな」
ビールをウィスキーに代えて飲んでいた敦夫がぼやいた。
「何が賢いだよ。こっちは一介のコンサルタントに過ぎない。組織に属さないフリーランス稼業と言えば恰好いいが、実のところは顧客が枯渇したら終わりさ」
敦夫の紹介でテレビ局に時おり出演させてもらっている恩義も感じ、祐介は謙遜した。
「祐介、お前は中国企業のコンサルタントで莫大な金を稼いでいるんだろう? ケチな外務省を辞めて、正解だったよな。そう思い切ったところが偉い、ってことだ」
敦夫の皮肉な称賛に、祐介も軽口で応じた。
「お前もテレビ局なんて退職して、自分でビジネスを始めればいいじゃないか」
「いや、俺はお前とは違う。組織のなかでしか生きられない人間だ。これでも、三十年近く勤めた会社には愛着があるんだ。だからこそ、視聴率、視聴率、と、それしか考えない番組作りしかできない、このていたらくが嘆かわしい」
敦夫の声を聴きながら、祐介は外務省を辞めると伝えた時の、上司の驚愕と苦り切った顔を思い起こした。役所に愛着がなかったわけでは、ない。
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