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オフィスと呼べるほど洗練されていない、平屋建ての社屋だ。
薄っぺらい金属でできた灰色のデスクが向かい合わせに並べられている。
社員は九人しかおらず、僕は一番の新参者だった。
一番奥のデスクに座る社長は、取引先と談笑するときでさえ眉間の皺が取れない。
常に飲んでいるコーヒーだって、好きというよりは依存症に近いのだろう。
でなければ、あれほど不味そうな顔でいる説明がつかない。
そんな社長がコーヒー淹れようとしたところ、不具合に気づいた。
誰が壊したんだ、と社長が皆に問う。
皆は顔を見合わせる。
たまたま僕は仕事に集中していて、パソコン画面を見つめたままだった。
そしてたまたま、僕だけがコーヒーを飲んでいた。
「山口、なに知らん顔してんだ」
「えっ、あ、すみません。何の話ですか」
「コーヒーメーカーが壊れたんだよ。黙ってないで何か言えよ」
何か、と言っても話題は壊れたコーヒーメーカーに限定されているわけで、僕に話題の自由はない。
「いや、僕のときは普通に使えましたけど」
「俺のときには壊れてたぞ。誰かその間に使った奴はいるか」
たまたま、いなかった。
「ってことはだ、山口が使ったせいで壊れたことになる。違うか」
カフェイン切れの社長に対して、ここではどう答えても怒りを買うことは間違いない。
僕は「全然気付かなかったのですが、すみませんでした」と無難な対応をして、一応その場は収まった。
朝に起こったこのトラブルが種だったとすれば、その成長スピードは驚くべきもので、夕方にはもう芽が出ていた。
急な仕事が入ってきたのだ。
「山口、残業よろしくな」
「えっ、でも今日飲み会じゃ……」
「コーヒーメーカー代だ。これでチャラにしてやるよ」
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