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全員が平服として着用するよう支給されているスーツに徽章をつけた恰好なので、歩いているだけでいくらか人目を集めてしまうのは仕方ない。しかし騎士軍本部があるクスフェア地区では、騎士軍人が制服を来て歩いていてもそこまで珍しがられることはない。騎士軍人を見て騒ぎ立てるのは、大半が観光客だ。
「本部を出る直前まで降っていたからな」
前を歩くヨハンが、電線から肩に落ちてきた水滴を払いながら言った。見上げる夜空には未だ雲が多いが、少しずつ頭上に迫ってきている晴れ間からは月が覗いている。明日は晴れだと今朝の予報で言っていたので、もう雨が降ることはないだろう。
「着いたぞ。ノアはここ初めてだよな?」
ヨハンの問いにノアは頷いた。
案内された店は通りから少し入った所に建っていた。黒地に金色の装飾が施された壁に窓はなく、闇に紛れてしまいそうな外観はまるで目立つのを避けようとしているようである。
控えめな照明が俯く中で、ひとつだけ煌々と光るそれに照らされた看板には『ナイト・クラウン』とあった。
噂には聞いたことがある名前だった。ここがそうなのか、とノアは妙な感動を覚える。ナイト・クラウンは騎士軍の若手―端的に言えば下っ端―がよく集まる、ある種伝統的な店なのだ。
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