Evolve

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 慣れたようすで入っていくヨハンたちに続いて中に入ると、果実の匂いが鼻を掠めた。いくらか埋まっているテーブルでワイングラスに口をつける面々を一瞥すると、やはり騎士軍の人間が目立つ。見たことのある顔の奴も数名いたが、名前すら知らないので放っておいた。ヨハンたちには何人か知り合いがいたらしく、軽く挨拶を交わしていた。  案内された円卓に腰掛け、品のある内装を観賞している内に、いつの間にか自分の分のグラスが用意されていた。赤みがかった濃い紫色の液体が水面を輝かせている。 「一番飲みやすいやつにしたよ。乾杯で倒れられたら困るしな」  一言余計ではあるが、先輩の気遣いに感謝しつつノアはグラスを掲げた。4つのグラスを向い合せてから、それを口に運ぶ。ワインはあまり得意ではないが、これはワイン独特の癖が控えめで香りもきつくないので、ヨハンが言った通りとても飲みやすい味わいだった。 「今日は退屈だったな」  ヨハンが煙草に火をつけながら言った。 「何も騒ぎが起きなかったということを喜ぶべきだと思いますが」  ノアの反論に彼は苦笑する。 「そういう意味じゃなくて、殿下の公務のことだよ。きっと誰よりも殿下が一番退屈していたぞ。伝統工芸なんて興味ないだろ」 「そうは見えませんでしたが……」  殿下は伝統工芸振興協会のパトロンも父王から引き継いでおり、いくつもある企業や工房への訪問を日々こなしている。今日は企業が設立したガラスペン博物館の訪問だった。館長直々の案内に従って館内を見て回る殿下は、ノアの目にはとても楽しそうに映っていた。     
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