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『どいて、そこ、俺の場所』
――うん、タネは昔から、タネだよ。
「ねぇ、聞いてる?」
はみ出たグロスと同じくらいねっとりと、嘲笑は低く、穏やかに吐き出される。
甲高く鼻に掛かった声とスライムみたいに変幻自在に絡み付く肢体が特徴的だと思っていたけど、どうやらそれは勘違いだったようだ。
ビル風の吹き抜ける非常階段の踊り場には、蜘蛛の巣でコーティングされた蛍光灯がひとつ。
普通なら嫌煙されがちなそんな場所に、夜の蝶が群がる。
赤、白、黄色の蝶々が集る。
「人の客盗っておいて何か言うことあるんじゃない?」
ふむ。
「美味しいお酒をいただくことができました。ありがとうございます」
盗ったつもりはないけれど、わたしの思い付く限り最大級の謝礼を使い回す。これはさっきお客様にも使ったもので、そこそこ喜んでもらえた言葉だ。
「そんなに酒が好きなら飲ませてやるよ」
満員御礼。赤、白、黄色、わらわらわら。蝶々以外の色も集まりだした。
狭い非常階段の踊り場に、これは定員オーバーだ。店へと続く扉は彼女たちの後ろ。まだまだ通してくれそうにない。
「お酒ならもういただきました」
「酒も男も大好きだろ?遊ばせてやるって言ってんの」
「せっかくですが間に合ってます」
わたしの肩甲骨の下にあたる手すりの鉄は冷たいけど、人口密度のせいで熱っぽいこの場所にはちょうどいい。
ドレスと同じブルーのストールを足元に落とす。ついでにしゃらしゃら煩かった髪飾りを抜き取った。
この間、蝶たちは制止。
謎の見守りの中、わたしは身に付けていた借り物のアクセサリー類を誰に渡すでもなく、捨てるでもなく、足元に落としていく。
「これ、ペナルティーついちゃいますかね?」
私物のネックレスは別として、買い取ることにしたドレスと、ピンヒール、多少身軽になった体を再度手すりに預け両肘を乗せると、今しがたより少しだけ冷たさが増した。
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