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しかしそこからが問題でした。
白犬は想像通りにすぐに懐いてくれたのですが、中々芸を習得出来ずにいました。
「また失敗ですか。上手く行きませんね……」
白犬が落としてしまい私の足元へと転がってきたボールを拾い上げます。
懐いてはくれていますが、それが芸の習得とは結びつくわけではないようです。
(……というよりも、正しい躾けの仕方が分からないのが一番の原因だと思いますが)
私はこの施設に来る以前の記憶がありません。
記憶喪失、いうものらしいです。
しかし初めて見るはずこの子を「犬」だと認識出来る以上、知識に関する領域の記憶は残っているらしく、過去に私は犬に触れあっていた可能性があります。
ですがこの動物が犬、という知識以外には何も思い浮かばない以上、どうやら飼っていたというわけではなく、知識から躾のコツを掘り出せる可能性はなさそうです。
となれば、どうすれば白犬が効率よく芸を覚えてくれるのか。
私は一度手を止め、思案してみることにしました。
………………。
「よく出来ました。はい、どうぞ」
それから三日過ぎ、無事に白犬は指定されていた芸を習得することが出来ました。
成功したこの子に私は手を差し伸ばします。
その手のひらに乗っていたビーフジャーキーの欠片を、白犬は舐め取るように口の中に入れました。
効率の良い芸の覚えさせ方。
思案した結果、「ご褒美」をあげることが良いのではないのかと考えました。
私は記憶喪失を患っており、この施設に来る前のことは何一つ覚えていないのですが、「褒められると嬉しい」という知識は頭の中に残っていました。
その発想の元、私は施設の所員の方に犬のご褒美として妥当であるエサを貰えないか打診してみたのですが、所員の方は相談に行くまでもなく即座に渡してくれました。
どうやら、自主的にその方法に行き着くのを待っていたようです。
白犬が芸習得のステップを一つ進めるごとにご褒美としてエサを与える、という方法を取った結果、目まぐるしく早く習得が進みました。
私は自分が間違っていなかったことに安堵しました。
そして、より自分に懐いてきている白犬の様子を眺め、私は僅かに口元を緩めました。
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