茶色の毛並が、わたしを撫でる

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茶色の毛並が、わたしを撫でる

 巴の住む街と隣町とをつなぐこのバイパスは、起伏が少なく見通しが良い。車通りが多いことも美徳の一つだ。赤信号を見つめながら、巴は隆志とこの道を最後にドライブしたのがいつだったかを思い出そうとした。それは眼鏡を買いに行ったとき、映画を見に行ったとき、あるいは職場で使う水筒を探しに行った時だったのかもしれない。どれが最後なのかはっきりと分からなかったけれど、どの記憶も曖昧で、満ち足りていて、巴はいつも笑顔だった。くっきりと覚えているのは、初めて隆志がこの道を通った日、「いかにもな田舎の道だな」と、呟いたこと。少し眠そうな顔で左頬にえくぼを作っていたこと。左頬にしかできない、あのえくぼを。 それ以外の隆志の顔を思い出そうとして、うまく思い出せなくて、心を指先でつままれる。     
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