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平日午後の秋田駅、人の数はまばらだ。
気付けば彼女はいつも柱の陰から俺の歌を聴いていた。華やかな装いには似合わない今にも消えてしまいそうな儚いその表情が、なんだかとても気になったんだ。言葉を交わしたくてこの駅の構内を追いかけたのは、もう四ヶ月前、いや、まだ、四ヶ月前か。
駅の光景は一見その頃と変わらない。けれどきっとそれぞれに人生があって、この秋田でだって絶えず目に見えない何かが動いているのだろうと、今なら想像できる。巨大な竿燈の下を行き交う人々を眺めながら、そんなことを思った。
改札を抜けて新幹線ホームへ下りる。新幹線はもういるけれど、始発駅だから発車までまだ時間がある。俺は待合室のベンチで一服してから乗り込むことにした。
赤色の缶コーヒーを手にして、俺は横手からの帰り際を思い出す。道の駅の駐車場で、眠ってしまった俺のため缶コーヒーを買いに彼女は車を降りた。その直前、彼女は、あのとき……。
知りたい気もするけれど、聞いてはいけないのかもしれない。響一とはどういう関係なのか、東京ではどんなふうに暮らしていたのか。知りたいけれど聞きたくない、そんなことが彼女にはたくさんある。
でも、全てを話せなくたってきっといいのだろうとも思う。
彼女にこれまでどんなことがあったとしても、その彼女が選んだ道の先に俺がいて、俺の歌があって、その俺の歌が彼女の心を救った。それだけで、今はいいんだ、きっと。
缶コーヒーを飲み干して立ち上がる。そろそろ列車に乗ろうと待合室の扉を開け、顔を上げる。
「夕穂くん」
そこに、彼女は立っていた。
「未華子ちゃん」
その顔を見た瞬間に目の奥が熱くなった。心の底から、言葉にならない何かがこみ上げる。
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