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「見送りに、来ちゃった」
そう言って照れる可愛らしくて素朴な笑顔を、俺はたぶん初めて見ている。
「ありがとう。ビックリしたよ」
「本当? ビックリしてくれて嬉しい!」
「なんだよそれ」
俺が笑うと、彼女もまた楽しそうに声を上げて笑った。
「荷物、それだけ?」
「うん。大体の物は向こうのアパートに送っちゃって、持ってくのはこれだけ」
肩にボディバッグ、左手にいつものギター。
「未華子ちゃん。これ」
俺はギターケースを足元に立てると、右手に持っていた紙袋を彼女に差し出した。
「え、何?」
戸惑いながら彼女はそれを受け取る。中を覗いた彼女が出していい? と尋ねるので、俺は頷いた。
「……ブーケ?」
「あぁ。ブリザーブドフラワー、だったかな。特殊加工した枯れない生花なんだって」
赤と白のビニールに束ねられ、赤と白と少しの緑を誂た、小さな花束。
「由利本荘のフラワーパークで買ってたんだ、未華子ちゃんが外してる間に」
俺の言葉に、え、と彼女が驚く。
「あのときは、お姉さんにおみやげ買ったって」
「うん、それと一緒にね」
花束を見つめる彼女に、俺は続ける。
「初めて一緒に出掛けた記念にと思ったんだけどさ、よく考えたら、一度出かけただけの男からいきなり花束なんかもらっても気持ち悪いだけだろ? あとからそのことに気付いてさ、ずっと渡せずにいたんだ」
テンションだけで買ってしまったけれど、そんなキザなことは俺には本来似合わない。自分の行動が恥ずかしくなって、ずっと部屋の片隅に置いたままにしていた花束。
けれど、彼女は首を横に振った。
「そんなことない! 嬉しいよ! ありがとう!」
これってガーベラだよね、という問いに俺が確かそうだったはずと答えると、彼女はおかしそうに笑って、その指で赤い花を愛しそうに撫でた。
彼女と初めて言葉を交わした千秋公園の夜を思い出す。五月の終わりにひとつだけ咲いた桜を見つけ、彼女はそれを撫でながらせつなげに呟いたんだ。「どうして他の仲間と一緒に咲かなかったの、あなたの季節はもう終わったのに」と。
「俺も、未華子ちゃんもさ」
俺は彼女の目を見つめて口を開く。
「もう二十五で、夢とか希望なんて言ってる歳じゃないって言われてさ、でも、ここにきて新しい夢とか希望に出逢ってさ、これから、今から、新しく咲いていくんだよ」
彼女が俺の目を見つめ返す。
「遅咲きだっていいんだよ。自分が咲きたいと思ったら、いつからだって咲けるんだよ。未華子ちゃんがさ、俺の歌を好きだって言ってくれる、俺との時間を楽しそうに笑ってくれる、俺はそれが本当に嬉しいし、俺はそんな未華子ちゃんのことが――」
そこまで言って俺は息を飲んだ。
思いが昂り、胸の奥に隠していた気持ちを思わず言葉にしそうになった。たぶんこの想いを伝えるべきは今じゃない。そのときはまたきっと、やってくる。何の根拠もないけれど、俺は、そう信じることにした。
改めて深く息を吸い込み、改めて、彼女に自分の決意を伝える。
「そんな未華子ちゃんのために、俺は唄うよ」
彼女は言葉なく、けれど何かを受け入れたように微笑んで、ゆっくりと頷いた。
「あ、あとどうでもいいんだけど、俺、今日で二十六なんだけどね」
「えっ、そうなの!?」
つい言ってしまったそんな話に彼女は驚いた声を出す。
そのとき、新幹線ホームに発車の知らせが鳴り響いた。
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