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見惚れるくらい綺麗だよねと彼女は言った。実るほどに頭を下げて謙虚であれと父は願った。
夕焼けの照らす稲穂が誇らしげに風に揺れ、黄金色に染まる田園はどこまでも眩く広がる。大切な人たちの愛しむ景色が今、目の前を流れていく。
二十六歳の誕生日。やっと見つけた本気の夢へと走り出した列車の窓から、俺は、これまで歩んできた道とこれから行く未来を見つめる。果てしなく美しいこの景色を、俺はずっと忘れたくないと思った。
バッグから取り出したノートにペンを滑らせる。全部、歌にするんだ。感じること、思うこと、ひとつも取りこぼさないように、俺は言葉を綴り続けた。
仙台を過ぎる頃までは田園や木々が広がっていたけれど、ほんの少し目を閉じていた間に窓の外はすっかり色を変えていた。建物が所狭しとひしめき合い、その中に時折不自然に現れる緑はまるで添えられた飾りのようだった。
大宮が近くなると車内は少しずつざわめき始める。ここまで来たら目的地は目前だ。
数十分後、最後の到着メロディが軽やかに鳴り響く。
「まもなく、終点、東京です」
アナウンスが終わるのを待たずに、何かのファスナーを閉めたり上着を着たり、降車の準備をする音で周囲が一気に騒がしくなる。
マンション、オフィス、商業施設。形も高さも不揃いな模型を詰め込んだようなビル群の隙間に、列車が緩やかに滑り込んでいく。
灰色のこの都会で、聴く人の心に光が差すような色とりどりの歌を唄っていくんだ。
それぞれの荷物を背負い我先に出口へと急ぐ人々を眺めながら、傷だらけのギターと胸元に咲いた小さな花に、俺はひとり、静かに誓いを刻み込む。
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