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ベンチに座りそれとなく老人を見ると、肩にかけた鞄から扇子を取り出し、パタパタとやりだした。
一連の動きが健常者と変わりなく、本当は見えているのでは? と思うほどだ。
「なんか......凄いっすね」思わず口にしていた。
老人がこっちに顔を向ける。
「ん、何がだい」
「あ、いや、すみません......なんか、見えてるみたいで......」
「ああぁ、もう60年、暗闇のなかで生きているからねぇ、慣れてはくる、だがやはり、怖い事のほうが多いいよ」
老人は扇ぐ手を止めた。
「君達はいくつ?」
「中1です、13歳」
ほう、と老人は顎をさする。
「私が視力を失ったのは13歳の時でねぇ、眼が見えていた頃は本当に楽しかった。夏休みなんかは毎日のように山に入って遊んだものさ」
「えっ、山って何処の山ですか?」
もしやと思い聞いてみた。
「緋目山だよ」
「でも、あの山は......」俺は口を濁す、
ふぅぅ、と老人は深いため息を付いて言う。
「何時からだろうねぇ、あの山に入るとよくないことが起こるなんて噂が立ったのは」
老人は寂しそうな表情で続ける。
「良い山なんだよあそこは、四季折々に魅せる美しい風景、水の綺麗な川、おっ! そうだ」
寂しそうな顔から表情が一転する。
「山の中腹にちょっとした滝があってねぇ、小さいながら滝壺があり、よく泳いだなぁ、それから洞窟......」
「洞窟?! へ~、そんなのもあるんだ」
「君達も変な噂なんか気にせず、行ってみるといいよ、夏休みの行動範囲も広がると思うよ」
確かに、娯楽がほとんどないこの町でおれたちは暇をもて余していた。
それから老人は暫くの間、山の魅力を楽しそうに語った。
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