1.群衆は異端の入り口に触れる

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「そこ、いつの間に席替えをした」 担任の言葉に、緊張感がクラス内に走ったようだった。 倫理を受け持つ、30代前半くらいと思われる教師。宮尾(みやお)秀正(ひでまさ)、とマコトにフルネームがわかるのは、彼が社員証のように律儀にネームプレートを首からさげているからだ。 宮尾はマコトと宇津木のいるところまでツカツカとやってきた。 金髪頭の不良とパーカーという校則違反コンビに、冷たい、蔑むような視線を向けている。 目の下に濃いクマをつけているその教師にマコトは、思ったよりもこの人は若いかもしれない、とそんな感想をぼんやりと抱いた。 「乙守と、うつき」 宮尾が口にしたそのとき、フードの下、彼女がビクリとした。 マコトは宮尾の革靴を蹴る。 「……何のつもりだ」 宮尾がマコトを睨む。 「うつぎ、です」 「は?」 「濁点。人の名前間違えてんじゃねぇよ、センセ」 からかうようにマコトは言う。 宮尾は少しだけ目を大きくした。 「名簿にはフリガナもある。間違いはないはずだ」 「俺が決めたんなら、そうなんだよ」 「…話にならん」 そう切り捨て、宮尾は「さっさと席を戻せ」と宇津木まで視界に入れて言った。 「俺は目が悪りぃんだよ。代わってくれたんだ」 なぁ、うつぎ。 マコトの言葉に、宇津木は怯えたように何度も首を縦にふった。 その様子に宮尾は諦めたように息をつき、「明日には元に戻しておけ」とマコトの机を拳でコツコツと叩いた。 「お前の服も、だ」 宮尾は宇津木にもそう言い、彼らに背を向けて教壇へと戻っていった。
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