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「こんなビデオが送られて来ましてね」
再生されたのは、トレンチコートの男が老人の手を引いて横断歩道を渡っている犯行映像だった。そしてトレンチコート野郎の顔がズームアップされると、それは葉巻をくわえた私の顔だった。わざわざビデオに撮ってまで密告するとはご苦労なことだ。
「他人の空似っていう言葉を知らないようだな。それにCG加工が誰にでも出来る時代にこんなのが証拠になるとでも思ってるのか」
あくまでもシラをきる私を追及するGメンの手法は、おどし、なだめ、すかし、いきなり大声で怒鳴りつけ、そのあと情に訴える話をする、など実にありふれたもので修羅場なれした私には何の効果もなかった。
くだらない事情徴収から開放された頃には夜が明けていた。帰り道を歩きだしてすぐに、尾行されていることに気がついた。現行犯を狙うつもりなんだろう。正面から歩いてきた登校途中らしい不良少年たちがこれみよがしに道端の空き缶を拾って大きなゴミ袋に取り込んでいた。こうして自分のワルぶりを誇示したい時期というのは私にもあった。微笑ましいものだ。しばらく立ち止まって少年たちを眺めていると、一人が睨みつけてきた。
「テメエ、何見てんだ。サツに垂れ込むつもりじゃねえだろうな」
「いや、そんなことはしないよ。じろじろ眺めてすまなかったね」
尾行しているGメンにとっちゃ葛藤の瞬間にちがいない。少年たちを現行犯逮捕したいが、それをやれば尾行していることが私にバレる。まあ実際にはとっくにバレているわけだが。
Gメンの葛藤を想像して私はニヤリとし、紫煙を風に乗せた。
まったく、素晴らしい時代だ。私はゴミの散乱した道を踏みしめ家路を急いだ。
《終わり》
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