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四度目は、夜。
昼過ぎから降り始めた雨は、一向にやむ気配がなかった。
ディナーを予約して、駅前のカフェで、今日みたいに君を待っていた俺は、
街灯の下、駅を出てこちらに向かう赤い傘を見つけて、気持ちを浮き立たせた。
と、赤い傘がふわりと宙を舞った。
それに目を奪われた次の瞬間、君はスッ転んで、大きな水溜まりに、派手に頭から突っ込んでいた。
俺は慌ててカフェを出て、駅のロータリーの水溜まりに倒れ込んだままの君を、抱き起こした。
『あ……ごめんなさい、私ドジで。
こんな格好になっちゃって、ディナー行けないね』
君は顔を歪ませながらも、照れたように笑った。
『いいよそんなの。
とにかく着替えよう』
濡れ鼠の君を俺のアパートに連れて行き、シャワーを浴びさせた。
俺のシャツを羽織り、パジャマのズボンの裾を幾重にも折ってバスルームから出て来た君は、はっとするくらい可愛くて。
どうにか鼓動の高まりを圧し隠して、君に熱いコーヒーを渡し、ソファに座らせた。
『膝とか肘、見せて。
絶対ケガしてるだろ、あんなにマトモに転んで』
『大丈夫、慣れてるから。
あんなのしょっちゅうなの』
ペロッと舌を出して笑う君に、俺もつられて笑った。
『しかし、すんごいダイビングだったな。傘がブッ飛んで』
思い出したら急に笑いがこみ上げて来て、俺は結局、腹を抱えて笑っていた。
『そんなに笑わなくても』
拗ねた君が可愛くて、まだシャワーの熱の残る頬に、俺は自然に手を伸ばし、気づいたら口づけていた。
はっと我に返って唇を離したら、大きな瞳をさらに見開いたビックリまなこの君が目に入って、俺はまた笑った。
『せっかくオシャレして来たのに、今日』
『また今度、着て見せて。
今度はもうちょっと低い靴履いて』
また笑った俺に、君は抗議する。
『あの服には高いヒールじゃないと、格好悪いの!』
『服とか靴とか、君が着てるんなら何でもいいよ。
俺のそのパジャマでも』
『え~。おめかしにあんなに時間かけたのに』
『ちょっと、脱がせたくなるけどな』
『え……』
『……いや、その……』
不器用な俺達を、雨がつないで、包んでくれる。
言葉の隙間を雨音が埋めて、俺達の距離を、少しずつ縮めてくれる。
いつも俺達の背中を、ふっ、と押してくれる。
雨が窓を叩く音が、どこか優しく響くこの夜。
俺は、初めて君とひとつになった。
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