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いくつかの季節が過ぎて、今日も雨。
いつものように、カフェで俺はコーヒーを、君はレモンティーを飲む。
「出張帰りで疲れてるでしょ。
明日で良かったのに」
「今日、会いたかったんだ。明日には雨、上がるからな」
「なあに、それ。出張のお土産に、傘でもプレゼントしてくれるの?」
君は笑う。
「まあとりあえず、ディナーだな。
いつぞやは誰かさんの水溜まりへの華麗なダイビングのおかげでフイにしちゃって、そのまんまになってるからな」
「あ、いつまでも過去のことを」
ぷっと膨れる君のほっぺたを、つっつきたくて、つい笑いが漏れる。
会計を済ませて出たカフェの前で、
傘を開きかける君の肩を、俺はちょっと強引に抱き寄せて、自分の傘を開く。
勢いで俺にぶつかった君は、驚いたように俺を見上げて、
そして照れ臭そうに傘を閉じ、俺の背中に腕を回して微笑んでくれる。
俺の上着のポケットの中の小箱を、今日こそ君に渡そう。そう決めている。
今日ならきっと、雨が味方してくれる。そんな気がするから。
君の大きな瞳は、またどんなにまん丸になるだろう。
人生の一大事だというのに、不思議に穏やかな気持ちで、俺は君の肩を抱き、傘を差しかけている。
「今日は絶対コケたくないから、ゆっくり歩いてね」
「コケてもいいさ、君といると何があっても楽しめるからな」
「もう! 絶対今日はディナー食べるんだから!」
青空は見えなくても、
星空は見えなくても、
俺達にはいつも、優しい雨が降る。
柔らかな雨が、祝福するかのように傘を叩く音を聞きながら、
俺達は二人で、雨の中へと歩き始めた。
Fin.
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