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「…わかった。またね、じいさん」
「はは、できれば『またね』じゃないといいんだけどね。
毎日のように脱走を試みてここへ来る君を
毎度捕まえなきゃいけない僕の身にもなってくれないかい?」
「ふんだ!じいさんなんかには私の気持ちなんてわからないもんねっ!」
そう言ってタカコは駆けだした。
これがお決まりのパターン。
じいさんに当たったってしょうがないのに…
とぼとぼと私の住処兼職場『ニノ廓』に戻ると、
入り口には仁王立ちでこちらを睨みつけてくるおっさんが立っていた。
「こらー!!タカコ、また店を抜け出したな?!
姐さんの世話はどうした?!」
「うるさい、おっさん!」
「なんだと?!」
「お前がマサ姐さんの売り上げちょろまかして
資金繰りの一部にしてるの知ってんだよ!
マサ姐さんにバラしてもいいのかよ!?」
「すいませんでした」
こいつはごっつぁん。
この店の店主。
禿や新造を酷使し、花魁の売り上げをくすねる最悪の店主だ。
私が花魁になって稼ぐ側に回った折には労基署に訴え出る所存だ。
そんなごっつぁんの説教などには耳を貸さず
私は早速朝の支度に取り掛かる。
私のような未だ幼い女は、禿(かむろ)といって
特定の花魁のアシスタントをして働いている。
そして私が付いている先輩花魁が、マサという名の姐さん。
性格が歪んでいる女の多い吉原では珍しく
気立てが良く、禿への面倒見も良い姐さんだから、当然客にもひっぱりだこ。
深夜残業…もとい朝残業も当たり前の姐さんの
疲れを少しでも癒せるよう、私ら禿が頑張ってアシストしなきゃ、と思ってる。
ーーーこんな毎日を送っていた私だけど、
ある日、いつもと違う出来事が起きた。
「たのもう、たのもう」
夜、ニノ廓を訪れた一人の男の声。
ごっつぁんが戸をあけて応対しようとすると、
彼は男の顔を見た途端に固まってしまった。
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