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コンコン。
「マサ姐さん、お客様でーす、お願いしまーす」
「はぁい」
タカコが戸を開けると、マサがニコニコと営業スマイルで出てきた。
が、客の顔を見た瞬間、血の気がさあっと引いて青白くなっていく。
「やあ、久しぶりに有休が取れたからやって来たよ」
「…あ、ああ…みやっつぁん様。
お会いしとうございました…」
「今夜も朝まで互いの想いを確かめ合おう」
「…」
マサとみやっつぁんが部屋に入るのを見届け、
タカコは衝立の向こうでスマホを取り出すと
早速江戸で人気のアウトスタグラムというSNSアプリを開いた。
『これから寝ずの番~ めんどくさそうな客きたw
#吉原 #お仕事 #はぁ辛 #禿コーデ #素敵花魁と繋がりたい』
コメントを書くと、手慣れた様子でセルフィー&アップロード。
(―――それにしても姐さん、めっちゃ嫌そうな顔してたな…。
とんでもないプレイでも要求されるのかな)
タカコはなんとなく気になり、スマホを閉じて耳をそばだてた。
するとーーー中から、激しい声が漏れ聞こえてきた。
「…だから…っ、そこは違うと言っている!」
「でも!もうこれ以上はーーー
ああ、どうかお許しを…!」
「もっとだ!もっとベストを出すのだ!
こんなのではまだまだ足りないよ!」
「うう…」
(?!一体どんなプレイをしているの?!)
タカコがさらに耳をそばだてるとーーー
「企業における購買部門というのはね、利益に直結する重要な役割なんだよ。
そして有利購買率を算出するにあたって
どのように数字を出すかが重要な課題だと僕は思うんだけどね!」
「私は購買においてもコンプライアンス遵守の姿勢が何よりも重要だと思います!
無理な値下げ要求は買い叩きと見なされ下請法違反にもなりかね無いですし、
それによって企業としての信用を失ってしまっては価格交渉に応じるサプライヤは二度と得られません!
それに、後々監査が入った際に問題とされる行為はーーー」
「甘い!甘いよ君!
そんなんじゃ僕みたいな富豪にはなれないよ?!
バイヤーはとにかく高い有利購買率を叩き出した人間が評価されるんだからね、
どのような手順や経過を辿ろうが、結果が全て!数字が全てなのだよ!」
「けれど取引契約を締結した時点で企業間での一定のルールが成立したと見なされる以上、
それを無視しての調達は長い目で見れば企業にとってのマイナス要因になると思うわ。
今時はどこもCSR等といった対外的な評価を意識しているし、
購買においてもクリーン調達を心掛ける兆しが…」
「ならば君は、対外的な目ばかりを気にして
本来もっと値下げ交渉できる案件でもフイにするのかい?
会社ってのは商売なんだよ、安く仕入れることこそが正義なんだよ!」
「サプライヤの経営状況によってはベスト単価に毎回落ち着くことは難しいですし、
先方から取引を打ち切られてしまっては元も子もありません。
バイヤーの視点で重要なのは、いかにそのバランスを見極めて交渉していくかであってーーー」
(…コンプライアンス?バイヤー?サプライヤ?
よくわかんないけど、ビジネストークで息遣いが荒くなってるだけ?
やん、私ってば誤解しちゃってたのね!)
タカコはアウトスタを開くと、再度投稿し直した。
『尊敬するマサ先輩。
ビジネスにも精通してるのは今時花魁のジョーシキだよね。
フォロワーさんの先輩花魁はどんな感じなんだろー
#意見交換 #監査対策 #買い叩きの基準とは #キャリア花魁と繋がりたい』
その後も二人の激しい議論は続き、結局朝までトークの勢いが衰えることはなかった。
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